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2005/09/10

「バラージの預言」に失望

ウルトラマンマックス第11話「バラージの預言」

 何ですか!あの冒頭のまるで自主制作映画のような特撮シーン(ビルに見立てたがころがる)は。
 ここで何度も指摘した話なので詳細は省略しますが

・間違ったミニュチュア信仰と、「画竜点晴を欠いたら、その映画は終わり」

 ミニチュアであるか、CGであるかが問題なのではなく、要は「作品としてリアルに見える事」が重要なのです。しらけるほどの「おもちゃ」ならそこでその作品は終わりです。CG合成を併用するなどやれることはいくらでもあった筈。
 一箇所でもイモなシーンがあれば、感動を生む作品にはなりません。
 円谷英二さんの偉いところは実は特撮技術よりも「視聴者の視点で見て、このようなシーンがないようにチェックできる」ということだったと思います。

 金子修介監督はかねてより大変尊敬しており、私の人生を語る時によく監督の言葉を引用したりすることがあるのですが、今回のこれには大変失望しました。初特撮監督作品だからと言って許せることではなく、要はマインドの問題で、「金子修介にしてこれかよ」という感じです。

 私は男だし、男は大嫌いですが、表現としてはまさに「百年の恋もいっぺんに醒める」といったところです。

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コメント

冒頭のビルについては全く同感です。
おいおい30年前の東映(特撮班がないような)かよ、と突っ込みが入ってしまいました。
俯瞰で撮るべきショットではないですね。
その後のアントラーの造形、出現については悪くなかったので、殴る蹴るを抑えて人間ぶりでない殺陣をしてくれれば良かったのですが。
どちらにしろ、冒頭で興ざめ、は否定できませんでした。

投稿: 特命課桜井 | 2005/09/11 09:28

 特命課桜井さん、コメントありがとうございます。宣伝を除いてはじめてのコメントに感謝です。
 私もアントラーの造型は良かったと思いました。
 マックスに関して今までコメントしなかったのは、「そうはいっても、ま、許される範囲かな」と思っていたからですが、昨日はつい興奮してしまいました。
 昔から特撮には「本編監督が特撮を撮ると本編がおろそかになり、特撮監督が本編を撮ると特撮がおろそかになる」つまり自分の慣れていない分野に力が入ってしまい、大丈夫だと安心している得意分野に漏れがでてしまう、という伝統があったのですが、金子監督はこの伝統を見事に破りましたね。
 ひょっとしたら、なんとなく自分以外に特撮監督がいるような気がして、素通りさせてしまったんでしょうか。予算や期間の関係でリテイクはできなくても、最低限ズバっと切っちゃうことはできたと思うんですが。

投稿: 目篭 | 2005/09/11 20:53

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