特撮

2016/09/04

ウルトラマンオーブ #09

ウルトラマンオーブ 「ニセモノのブルース」よかったですね。
予告を見た時には「をいをい、オーブで『にせ話 』かよ」と思ったのですが
いい意味で裏切られました。この発想はなかったな。
と、いうか、過去の特撮の「にせ話」全てに渡って
このパターンはなかったんじゃないかと思うんですが
いかがでしょうか。(私の知識がないだけかもしれませんが)。
ウルトラマンオーブについては、尼崎のイベントの時に
田口監督のトークショウで
「Xで燃え尽きた所へ次もやってくれという話が来たので
頭の中真っ白で、もう、これは「変化球」で逃げるしかないじゃないか。
オーブはそういう作品なので」と聞いていたので
つい、贔屓目に見てしまう傾向があるのですが
もともと、目篭としては、ウルトラマンギンガも
Sがつかない小学校周辺で戦う話の方が好きで
中途半端な防衛軍もどきが出てくるよりは
ああいうテイストがいいと思うので、オーブ結構気に入ってます。
 今回感じたのは、やっぱり「魂のこもった作品」だなぁ、ということです。
「にせ話」に対して、「今までにない『にせ話』を作ろう」という
制作側の一生懸命さが感じられました。
こういう意欲がある限り、ウルトラマンは不滅ですね。
いものを見せてもらいました。





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2016/02/15

ZATの「Z」,"zariba"の謎を解く

 ご存知ウルトラマンタロウの防衛隊、ZATZariba of All Territory :全地域防衛機構)ですが、このZ、つまり「Zariba」という単語がよくわからない、という話をよく聞きます。

 「ウェーブスターにも載っていない」とか言われているのも聞いたことがあります。
 私は、これを聞いて常々、「おかしいな?」と思っていました。
 なぜなら、「ZAT」が世の中に出た頃、私はリアルタイムで辞書を引いて、ちゃんとそこには「zariba」という単語があったからです。
 意味は下記の通り、「アフリカで用いる村や宿営地の防衛さく」という意味で、それが、全地域に拡大(All Territory)しているのだから、全地域防衛機構、というわけです。
Zareba
 私が引くような辞書にも載っていたのに、なぜ、ウェーブスターには載っていないのでしょうか。
 その謎を解くには、少し逆転の発想が必要でした。 当時私が見た辞書は、「最新コンサイス英和辞典」といいます。先日実家で物を探していて発見しました。

Concise

 実は、もう一つこの話の証拠となるべきものに、これよりもう少し後の同じ最新コンサイス英和辞典には、この「zareba,zariba」の項には[俗] 、つまり「俗語」であるという表示が付け加えられていたのを覚えています。残念ながらこちらの証拠は手元にないので、私の記憶違いだといわれると一言もないのですが、

  「俗語」と呼ばれるものは、その時々で辞書の編集者がテンポラリに追加し、また削除するものだと思いますので、簡単に言うと

 その時点の「最新コンサイス英和辞典」にしか載っていなかった単語

だと思われるわけです。

 実は、この「最新コンサイス英和辞典」は、その頃、つまり昭和48年当時、大変売れていたベストセラーの辞書だったので、大概の人が持っている普通の辞書といえば多分これだったといえるわけです。

Okuduke

 つまり、答えはただ一つ、

 『円谷プロもまさにこの辞書を使って、Zの項から「zariba」という単語を拾い出した

 と考えられるのです。

  以前、なぜウルトラマン「タロウ」なのか、という記事でもご紹介したように、もともとウルトラマンタロウは「ウルトラマンジャック」という名前でした。それが当時ハイジャック事件やシージャック事件などが頻発し、直前で急遽名前を変えた事はご存知の通りです。

 「ウルトラマンジャック」だった時の防衛隊の名前は恐らく「JAC」、多分ですが「Jet Attacking Crew」だったとすると、急遽名前を変えようとする時に、たとえば「ゼット(ジェット)・アタック・チーム」=ZATというのが頭に浮かび、それに合う単語を探した..、

 などというのは私の勝手な想像ですが、いずれにしても「Z・A・T」という3文字が先に決まっていてそれに合う単語を単語を探したのではないか、そしてその時に使ったのが同じ「最新コンサイス英和辞典(当時の版)」だったのではないか、という所は多分間違いのない所でしょう。

 そして、単なる俗語であったため、後には辞書から削除され、また、もちろんウェブスターのような権威ある辞典が、そんなテンポラリな俗語を掲載する筈がありません。

 かくして、ZATのZ,「Zariba」という単語は、闇に葬られてしまったのでしょう。

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2015/11/10

目篭、『メカゴジラの逆襲』 を語る

Mekag

 ゴジラ誕生祭2015京都に行ってきました。
メインは『メカゴジラの逆襲』。ということで、主演の藍とも子さん(左)と脚本の高山由紀子先生(右)がゲストでした。

私の 「目篭」というハンドル名は、昔のハンドル名『メカゴジラの逆襲』の頭3文字に由来します。

 「目篭」というハンドル名に変えてから、もう20年以上も経つのに、未だに、新しくお目にかかった方からはしつこく由来を聞かれ、「竹で編んだ目の粗いかごで、魔除けに..」と言ってもなかなか納得されず、「メカゴジラの逆襲の..」と言うとやっと納得されるケースが多いです。
 20年前に「目篭」に変えたのは、「いい年をして『メカゴジラの逆襲』でもあるまい」と言う理由からでしたから、いい加減昔のハンドルは勘弁してほしい、というか、20年使わない間に、今、別の方が『メカゴジラの逆襲』を名乗っておられるらしいので、そういう意味でも、ハンドルは「目篭」でお願いしたいのですが、
 今回は、丁度良い機会なので、なぜ昔『メカゴジラの逆襲』と名乗っていたか、という話をしたいと思います。

 当時はパソコン通信の時代、ある時私が「特撮映画クイズ」というのをやりました。
映画のセリフを示して、映画の題名を答えるものでしたが、その中の問題で、誰も答えられなかったのが

 『私を壊して!』

 というセリフです。
 その掲示板にいた人がそれほど特撮に詳しいというわけではなかったということもありますが、問題を作った本人としては、「『メカゴジラの逆襲』と言えばこれだろう」、と思っていたので、ちょっと意外で、とても印象に残りました。

 それで、その後すぐNiftyのCBに参加する事になって、仕事の関連があってそれまでのハンドルと変えなければいけなかったのですが、急にはハンドルが思い浮かばず、頭の中で前述の印象があった『メカゴジラの逆襲』をとっさに入力した、というのが由来です。

 今回、高山由紀子先生(以下高山先生)のお話で、高山先生として、一番印象に残っているシーンを問われて、「全部ですけど」と前置きされた上で、「やはり『私を壊して!』という所でしょうか」と言われていました。このセリフは、一番最初のプロットの時からあって、
「『私を殺して!』ではなく、『私を壊して!』」だという、いわばこの作品のコンセプトを表すセリフだったようです。

 これを伺って、「ああ、私はちゃんと製作者の意図を正しく把握していた」と、数十年経って、やっと報われたような気がしたので、ここに書き留めておく次第です。

 ところで、実は私は、もう10年以上前になるのですが、高山先生には一度、4人ぐらいでテーブルを囲んでお話をさせていただいたことがある(※注)のです。
 残念ながらさすがに先生はその時の事は覚えておいでにならなかったのですが、その時に比べて、ずいぶんお歳を召されたというか、以前は、ご自身で「男みたい、って言われるのよ」と言われていたように大変元気な方でいらしたのに、今回はずいぶんお体が弱っておられるような印象を受け、とても気になっています。
 どうかご健康に留意され、いつまでもお元気でお過ごしになられることをお祈り申し上げます。

 それにしても、司会の木原浩勝さんという方、「怪談新耳袋」等で社会的地位の高い方であるのは存じ上げてはいますが、高山先生に対して、「脚本家」と呼び捨てにするとか、高山先生に話を振っておいてその話を無視するとか、ご自身も脚本を書かれる事もあるとのことなので、どう考えても高山先生の方が先輩であろうと思われるのに、何故か失礼な態度が目に付きました。何か個人的な事があるのかもしれませんが、あのような場所で大人としていかがなものかと思います。もとより私のような人間が口をはさめるような事ではありませんが、それほど気になったという事だけ申し上げておきます。

(※注)
 このパターンでお話させていただいた方には他に、金子修介監督、小中和哉監督などがおられます。その話は、また、いつか機会があれば。

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2015/10/02

手塚昌明監督トークショウ

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 報告が遅れましたが、9/19に京都みなみ会館で行われた手塚昌明監督のトークショウに行ってきました。

 オフレコの話もいろいろありましたが、それとは別に多分オフレコではない話の中で3つほど感銘を受けた話がありましたので書いておきます。

 実はこの3つ、どれも私が常々思っていることで、このブログに書いたりTwitterでつぶやいたりしている事なのですが、期せずして手塚監督が全く同じ考えである事がわかり「ああ、考えているのは私だけじゃないんだ」と思ったのと、私がいくら言っても、多分誰も耳を傾けてはくれませんが、高名な手塚昌明監督が同じ考えであれば、少しは世の中に広まるだろうと安心した、ということがあります。

1.少なくとも特撮映画の中では「正義は勝つ」でないといけない。

 実社会では正義が勝つなんて滅多とありませんが、だからと言って、特撮映画の中で「正義が勝つとは限らないよなぁ」とかやってしまってはいけない。中心軸がズレちゃうからです。

  手塚監督はもう一つ「最後まであきらめない」という話もされていましたが、他にも、「嘘をついてはいけない」とか「他人迷惑をかけてはいけない」とかいろいろあると思います。

  いずれにせよ、現実社会がそうではないからといって、少なくともそれを特撮映画で見せてはいけない。そうしないと「本当は何が正しいのかわけがわからなくなってしまう」。

  「正しいことはこうだけれど、仕方がない」と思ってやるのと、全くわけがわからずにやるのとは全然違います。後者では、世の中が混乱して収集がつかなくなってしまう。    少なくとも子供たちには「正義は勝つ」「決してあきらめてはいけない」と教え続けなければいけません。

2.円谷英二さん、本多猪四郎さんが生きていたらきっとCGを使っていただろう。

 これも、私がいつも言っている事なので、手塚昌明監督が同じ事をおっしゃられたので、大変嬉しかったです。円谷英二さんは「いかにして本物に見せるか」という事を常に考えておられた。加えて、オプチカルプリンターを勝手に発注してしまうほどの新し物好きですから、それはきっとCGもフル活用するに違いない。 

 私も恥ずかしながらCGはほんのちょこっとだけやりますので、CGの世界がいかに映画に近いか、という事がよくわかります。例えばライティングとかカメラアングルとかは実写でもCGでも重要な所は殆ど変わりません。

 日本特撮でCGが駄目なのは、実写特撮からのノウハウがうまくCGに受け継がれていない面が大きいと思います。 あと、特撮マニアが嫌うので、海外に比べていつまでも成長しない、レベルが低い、というのもあります。

  また、特撮マニアだけではなく困った事に現役の特撮監督の一部も、変にミニチュアワークにこだわるので、却ってリアリテイを損ねている部分もあります。 円谷監督が生きておられたら両方の良い所を活かして「まさに本物のような」シーンを作り上げたに違いありません。

3.一党独裁はいけない。

  これは特撮の話ではないですが、私が常々言っている事と全く同じだったので、ここに書いておきます。

 手塚監督、前回の選挙の時に、ちょうど20才になったお子さんに、「自民党(と公明党)以外の、どこでもいいから入れろ」とおっしゃったそうです。

 私は、日本の理想的な国会の形態としては「普段は自民党が勝つが、野党が団結すれば自民党を凌ぐ」というのが一番いいと思っています。手塚監督もまさに同じ事を言われていました。

 私は前回の選挙の時散々わめいたのですが、誰にも相手にされず、結果どうなったかといえば、ご存知のようにあの強行裁決です。

  普段は確かに野党は責任能力がないから、そういう時は自民党でいい。しかし、自民党が暴走しそうになったら、野党が一致団結すればそれを止められるようになっていなければいけないと思います。この点についても手塚監督が全く同意見で嬉しかったです。

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2015/03/11

ガルーダの戦士、ビマX

 ビマX、とてもいいです。

 ここ1週間ぐらい、立て続けに、ビマ・ビマXのイベントに行っていたのですが、書くのをすっかり忘れていて、しまった!と思っています。
 大阪近辺の方は、明日(2015/3/12)が日本で見られる、多分最後のチャンスです。
 私は全く関係者ではないですが、もし、万一運よくこの書き込みが目に留まった方は、とりあえず、仮病でも何でも使って、見に行っておくべきだと思います。

  「ガルーダの戦士ビマX」 
  第10回大阪アジアン映画祭
  3/12 13:25 大阪・九条 シネ・ヌーボー(第10回大阪アジアン映画祭)
 

 たいがいの人は間に合わないと思うので、すみません。
 ビマXについては「特撮ゼロ創刊号」に詳しく書いてあるのですが、後で情報を知っても、見れなければ逆に歯がゆいだけだし、あと、何より、作品は実際に見ないと面白さは伝わらないので、最初の上映(といっても、高々10日前ですが)の後でここに書かなかったことを申し訳なく思います。

 
 簡単にご紹介すると、インドネシアの特撮作品ですが、ウルトラシリーズを多く手がけられている、石井てるよし監督やおかひでき監督などの日本人スタッフが9人と、100人ぐらいのインドネシア人スタッフで作られていて、スーツ等は日本製、脚本も日本人(なんと、今回劇場上映されている作品の脚本は、あのアキバレンジャー(一期)の香村純子さん!)。
 つまり、ごく普通に日本特撮なのですが、舞台がインドネシアで、キャストがインドネシア人、CG製作も現地スタッフ、という独特のテイストを持った作品になっています。

 まず、ジャカルタがすごい大都会で、東京と全然変わらないのにびっくりしたりしますが、
 この作品の一番の特徴は、これがインドネシア初の特撮作品なので、日本人スタッフが「自分たちが、インドネシアの円谷英二なんだ」という事を自覚していて、ものすごくがんばっていること。

 詳しい解説は前述の「特撮ゼロ創刊号」に譲るとして、この作品の魅力は「これや、これが見たかったんや!」という、特撮ヒーロー物の王道を直球で見せてくれるところです。
  (特に、今回劇場公開された、新シリーズ最初のバージョンアップ話
 アキバレンジャー(一期)もそうでしたが、結局「魂のこもった作品」「一生懸命作った作品」が、いいものになるんですよね。当たり前といえば当たり前ですが。

 どなたか一人にでも事前にこの書き込みが事前に目に留まれば幸いです。取り急ぎ。

 ※なお、後で知ってどうしても見たい方は、インドネシアに行けば、現地のみで手に入るDVDには日本語版字幕もついているそうです。

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2014/09/25

TNGパトレイバー 第5話 第6話

押井守は嫌いなんですが、これにはやられました。

特に 「駅前に金星人が現れました」がツボでした。

「三大怪獣地球最大の決戦」、好きなんですよ。しかもその金星人が金星人じゃなくムー帝国皇帝陛下だし(「海底軍艦」はもっと好きです)。

 あと、リリーズのガッパ(GA☆PAの歌)!

 ネットの書きこみを見ていると、「ピーナッツの後継デュオ」というような文脈で語られているのが多いのですが、当時の特撮ファンにとって、これは、そんな簡単なものではないのです。

 今は、DVDやブルーレイ、ネット配信等のコンテンツがあって、大概の作品はほぼいつでも見れますが、昔はそんなものはなく、新作旧作含めて、TVや映画館の放送、放映しか作品を見れる機会がなかった時代があるのです。(ホームビデオはありましたが、コンテンツは今に比べると圧倒的に少なかった)

 そんな時代に起こった「特撮空白期」、新作の特撮が何もない時代、というのは、世の中でどうあがいても特撮を見ることができないという悲惨な時期でした。

 そんな時に唯一存在したのが、井上誠という音楽家の方の「ゴジラ伝説」という、新しいアレンジの特撮映画音楽の演奏、という試みで、つまり、当時の特撮ファンは、その音楽によってしか「特撮」の楽しみを共有できなかったわけです。

 そして、そのアルバムに参加したのがリリーズ。当時彼女らはまさに可愛い盛りでしたし、ザ・ピーナツはすでにオバサンでしたから、彼女らが歌う「モスラ」は喝采を持って受け入れられ、当時の特撮ファンの誰もが、リリーズが小美人を演じる新作のモスラ映画の事を夢見たものでした。

 しかし、残念ながら、その後も更に特撮不毛の時代は長く続き、後に、真にモスラが復活する頃には、リリーズ自身が小美人を演じられる年齢をとっくに過ぎてしまっていたのです。

 特撮映画はコンテンツですから、好きで全ての過去作品を全部見れば、年寄りも若い人も関係ないはずなのですが、こういう「その時代を生きてきたからこそわかる感性」というのが、若い特撮ファンにうまく伝わるかどうか、いや、伝えなくてもいいことなのかもしれませんが。

 正直な話をすると、私はできるだけ事前の情報を持たないで映画を見ることにしているので、第6話の該当シーンを見たとき、

 「このオバサンたち、歌上手いな。しかし誰だろう」

 と。いやもちろん、美しいおばさまたちだなぁ、とは思いましたが、エンディングロールを見て初めて「あっ、リリーズだったのか!」と知ってあわててプレイバックしたわけなので、私でさえそうなのですから、何も知らない若い世代の人が

 「なんでこんなオバサンが歌っているのだろう」

と思うだろうというのはよくわかります。

 でも、これは、オールド特撮ファンの心の中にある、あの時果たせなかったリリーズの新作モスラに捧げる、これこそがまさに「オマージュ」というものだと思います。

 

 あと、デカレンジャーネタ(ウメヨ、ウメノスケ、ウメゴロウ)がこっそり入っているのもお気に入りです。

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2014/03/24

ウルトラマンA(HDリマスター版にて)


ウルトラマンAの魅力について、実見して、書き漏らしに気づいたので追加。

・隊長がすばらしい
帰ってきたウルトラマンの隊長は、部下を疑ったりするイヤな奴でしたが、
エースの竜隊長は、厳しい所は厳しく、それでいて、常に部下を信頼しており、
部下を守る為には時に上官とも闘う、という、まさに「理想の上司」でした。
これもムラマツキャップに通じるものがあって、そう思うとAの前半は、
けっこう原点回帰していますね。

・もちろん、美川隊員もすばらしい。
美人で頭が良くてそれでいていやみがない。何というか、男性から見た理想の女性というより、仕事の先輩として尊敬できる女性、という感じです。
これはそれまでにはない新しい人間像なのですが、ウルトラマンAの大きな魅力の一つになっています。

・超獣の造形
なにしろ第一話がベロクロンですから。帰ってきたウルトラマンのやる気のない造形に比べて、もう全然違います。あと、ガランとか、アプラサールとか、他にもいろいろ。オリジナルで、個性があって、かつ怪獣(超獣)として美しい。これも、後半ではグダグダになってしまうのですが。

・空間が広い
同じ4:3のTV画面なのですが、描かれている空間が広いのですよね。富士山麓に基地があるということで富士山を背景にする事が多いというのも雄大さが感じられるのですが、前半は本当に特撮スタジオが広かったのだそうで、なるほどスケール感がよく出ていて、見ていて気持ちが良い。

さて、そんなAですが、3月に前半終わってしまうのですよね。もう牛神男もステラポラリスも天女も終わっちゃったし。まあ、ご覧になる方は、何かの機会に是非前半をご覧ください。

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2014/03/05

ウルトラマンA番宣「君こそエースだ ウルトラマンAの魅力」

 いよいよWOWOWで、3月21日から「ウルトラマンA ハイビジョンリマスター版」の放映が始まる。
 これに先立って、宣伝番組「君こそエースだ ウルトラマンAの魅力」を見たのだが、正直、大変な危機感を覚えた。 


 本来、題名どおり、ウルトラマンAの魅力を伝えるための番組であるはずなのに、全然その魅力を語っていない。いや、正確に言うと、ゲストの高峰圭二氏は、間違いなく、正しくウルトラマンAの魅力を語っているのだが、その前に流れる映像ナレーションが、全く見当違いのことを言っているのだ。


 ウルトラマンAの魅力は、その「絶対的な強さ」である。


 初代ウルトラマンが終わった後、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンと続く、「人間的で弱いウルトラマン」に、初代ウルトラマンのファンは正直げんなりしていた


 そこへ現れた、男女合体により人格を持たない、つまり人間的に悩み苦しむことのない、まるで弥勒菩薩のような風貌の、そして、今までの怪獣よりはるかに強い「超獣」を、目も覚めるような光線武器であっさりと倒す「絶対的に強いウルトラマン」の登場は、これこそ「本当に初代ウルトラマンが帰ってきた」という感激であり、そしてそれこそが、ウルトラマンAの真の魅力なのである。

 ※ただしウルトラマンAがすばらしいのは前半の2クールのみ。これについては後述。


 SFや特撮というものは、それを見ている間、日常の世界をすっかり忘れて、その世界に没入できるもの。だからこそ、それを見終わった後、すっきりとした気持ちで、明日の仕事に出かける元気がわいてくる、というものだ。

 それを、特撮の中で、人間的な悩みや苦しみ、わずらわしさを描かれたら、人間はどこに救いを求めるのか。


 それはちょうど、飲み屋で隣のおっさんが演歌を歌っているようなもので、「俺はつらい、悲しい~」と歌って、あんたは何が楽しいのか。そういう現実世界の辛い事や悲しいことを忘れようとして酒を飲みに来ているのに、なんであんたはここでそれを思い出させるのか。


 
 飲み屋と言えば、こんな思い出がある。マスターが、私が特撮好きだという話をしたので、隣の男が話しかけてきた。「ウルトラセブンがいいですな。」
 そこで私は、私はウルトラセブンはどちらかと言えばあまり好きではない事、初代ウルトラマンとAの前半やタロウが良い事などを話したのだが、
 その男はしかし、私の話がさっぱりわからないという態で、単に「ウルトラセブンがいいですな。」と繰り返すばかりであった。決してその男は酩酊していたわけではない。


 恐らく、「ウルトラシリーズ=ウルトラセブン」という符号化がなされていて、とにかく「特撮」という話が出たら「ウルトラセブン」と言っておけばいい、とその男は学習していて、そしてそれ以外に特撮のことは知らなかったのではないか。


 ここで、皆さんに伝えておきたい事がある。


 池田憲章氏が語ったところによると、当時の日本SF界(というか日本SFファン界と言った方が正しいか)では、「特撮」は相手にされなかった。
 そこで、彼らに認めてもらうため、特撮が市民権を得るためには、「ノンマルトの使者」「第四惑星の悪夢」などのSF色の濃い「ウルトラセブン」を持ってくるしか、切り口として「ウルトラセブン」を使うしかなかった、と。


 つまり、わかりもしないステレオタイプのおっさんが飲み屋で「ウルトラセブン」と叫ぶようになったのは、もともとは、池田憲章氏が、日本特撮を、いわゆる当時のヲタクの本流であるSFファン界に認めさせるために、やむなく使った手段の名残であり、「作られた評価」なのである。


 池田憲章氏との出会いの話はまたいつかするとして、日本初の特撮評論家として果たした功績は非常に大きく、彼の採った手段は決して間違っていない。そのおかげで、特撮は、ヲタク文化を構成する大きな要素となったし、また現在では、他のアニメやコミックなどと同じく、芸術のひとつの表現形態として認知されている。


 だが、忘れてはならないのは「ウルトラセブンが面白い」というのは、そのようにして作られた評価なわけで、「あなた自身にとって面白いかどうか」ということとは、本来無関係なはずである。


 世の中にはそりゃ本当に「ウルトラセブン」が一番好き、という人がいてもおかしくはないが、それと同じくらい「初代ウルトラマン」と「ウルトラマンAの前半」と「ウルトラマンタロウ」が好き、という人がいてもおかしくない筈なのだ。


 大切なことは、「自分の目で物を見る」ということ。自分でウルトラシリーズを見、自分で、「一番面白いウルトラシリーズは何か」を決めることだ。


 冒頭の危機感に戻るが、このWOWOWの宣伝番組「君こそエースだ ウルトラマンAの魅力」の製作者は、ウルトラシリーズを自分では見ていないのではないか、ということ、

 そしてもっとも危機感を覚えたのは、ステレオタイプな価値観によって、「ウルトラマンA」が正しく評価されていない事である。


 試みにTwitterでハッシュタグ#ウルトラマンAを検索してみると、なんとたった2件しかない。これほどまでにウルトラマンAが認知されていないことに絶望的な危機感を覚えた。


 私の初期ウルトラシリーズの評価は


 1.ウルトラマン>2.ウルトラマンA(前半)>3.ウルトラマンタロウ>4.ウルトラセブン>5.帰ってきたウルトラマン>6.ウルトラマンレオ


 である。ここをご覧になった方は、少なくとも、歴代2位に推す人もあるぐらいの作品だ、と思って、是非今回のハイビジョンリマスター版放映で(28話まででいいので)ご覧いただき、ご自身でその評価をしていただきたい。


 ウルトラマンAの魅力は、ウルトラ兄弟が最初に登場したことでも(ウルトラ兄弟が兄弟として描かれている作品はむしろウルトラマンタロウである)、ウルトラの父が登場することでもなく、「胸のすくような圧倒的な強さ」なのである。


※ただし、ご存知の通り、ウルトラマンAがすばらしい作品であるのは前半だけで、路線変更後(南夕子が月へ帰ってしまった後)の後半2クールは、もうグダグダである。
 だが、だからといって、それが前半の素晴らしさを否定する事には全くならない。


 「超時空要塞マクロス」が名作であることは誰も疑わないが、あれだって「愛は流れる」までが素晴らしいだけで、後半はグダグダだ。
 「前半」とはいえ、それだけで28話あるわけで、これが1期と考えれば、「アキバレンジャー」も「ドグちゃん」もみんな2期はグダグダなわけで、だからといって1期の評価が下がる事にはならない筈だ。




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2014/02/18

トッキュウジャーのレインボーパスでJRに乗る

Title

Pasmo003

 2014年2月から始まった新しい戦隊シリーズ『烈車戦隊トッキュウジャー』では、トッキュウジャーが「レインボーパス」で自動改札を通って、烈車に乗り込む。

 それではこの「レインボーパス」を使って、JRに乗ることはできるでしょうか。

 さっそく試してみました。

 (トップページからお越しの方は「続きを読む」をクリックしてください。)

続きを読む "トッキュウジャーのレインボーパスでJRに乗る"

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2014/01/04

帰ってきたウルトラマン(HDリマスター版にて)

  WOWOWで帰ってきたウルトラマン(ハイビジョンリマスター版)を見てました。

 最近わかってきた事ですが、昔「見逃した」と思って、BS、CS等の再放送を心待ちにしていたものって、大概面白くないんです。
 それで、よく考えてみると、東京12ch系(関西では該当局がないため放映されなかったものが多い)を除いて、実は「見逃した」んじゃなくて、「やっているけど見なかった」物だったんですね。
 つまり、1回くらいは見たとか、他から評判を聞いて見なかったとかなので、つまらないのは当たり前というか。

 さて、「帰ってきたウルトラマン」。作品的に「人間的に弱いウルトラマン」というのが好きじゃないのと、当時の環境で時間的に本当に見れなかった話もあり、ひょっとしたら全部は見ていなかったのかもしれない、という気はしていたのですが、

 今回見たのは主に坂田さんとアキちゃんが死んだ後の話で、ハイビジョンリマスター版で画面がきれいなことも手伝って、結構一気見をしてしまいました。

 それで感じたのは、「MATって、上司が部下を疑ったり、同僚が同僚を疑ったり、イヤな組織だなあ」ということです。
 大体は新人である郷が最初に偵察とかに行かされて状況を目撃するが、その報告を馬鹿にしたり、相手にしなかったりして、信じない。 結局は、郷の言うとおりだということがわかる、という話が何度もあって。更にその郷も次郎君を同じパターンで疑ったりして。
 さすがに後の方では、みんなに疑われている郷を隊長が最後まで信じるという話も出てくるわけですが、そもそもそういう「信じる・信じない」の話ばかり多くて。

 「あー、これじゃ、当時、途中でチャンネル変えるか、テレビ切るわ」と思った次第です。見逃したわけじゃなくて、実は意図的に見なかった可能性が高い、と。

 あと、怪獣造形がひどいのは有名な話ですが、今回ハイビジョンリマスター版で見て「これって、仮面ライダーの怪人と同じレベルで作ってるんだなぁ」ということに気がつきました。(平成ではなく昭和の)仮面ライダーの怪人だと思ってみると、ごく普通のレベルに思えます。例えば「メシエ星雲人」(ところでメシエの何番なんだよw)とか。

 そういう意味でも、今に至る「ウルトラマンは子供の見るもの」という位置づけを決定的なものにしてしまったのはこの「帰ってきたウルトラマン」だと思いますね。ウルトラマンとウルトラセブンだけなら多分そんなことにはならなかっただろう。 

 あと、「地球いただきます」については別項で書きます。

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